近畿地方 やっと 梅雨明け

                                         2009年8月4日

                                                         

7月3日、気象庁は近畿、東海地方が梅雨明けしたとみられると発表。

近畿の梅雨明けは平年より15日遅く、記録が残っている1951年以降では最も遅い梅雨明けとなりました。

 

 14日に梅雨明け宣言の出た関東甲信でも「戻り梅雨」でぐずついた天気が続き、中国地方や九州北部では豪雨の被害が相次いでいます。この梅雨末期の豪雨は、九州北部付近に停滞していた梅雨前線に、東シナ海南部から温かく湿った空気(暖湿気)が次々と流れ込み(湿舌)、積乱雲が発達し続けてにんじん雲(テーパリングクラウド)が発生したためなのだそうです。

 

例年7月に入ると、太平洋高気圧の勢力が強くなり梅雨前線を押し上げて北上させ梅雨が明けるのですが、今年は日本列島の北に寒気を伴った気圧の谷が次々と南下して、前線の北上を阻んでいるために梅雨明けが遅れたのだと説明されています。

この気圧の谷の停滞はエルニーニョ現象が一因となっていると見られており、エルニーニョはさらに強くなるという見通しのため、豪雨や日照不足などの被害が続くのではないかと心配されています。

エルニーニョ現象というのは、南米のペルー沖、太平洋東部の赤道付近の海面温度が普段に比べて高くなり、逆に日本の南方などでは水温が低くなる減少で、異常気象の原因になり、日本では、長梅雨や冷夏につながりやすく、前回は2002年夏から始まって03年の記録的冷夏の原因になったともいわれています。ところが、いつものエルニーニョと違って西太平洋やインド洋の海面水温は高めの海域も少なくなく、地球温暖化の影響を受けているのではないかという見方も示されています。

 長引く梅雨などで7月の日照時間は全国的に顕著に短くなっており、北海道や東北など北日本では平年の54%で、統計を始めた1946年以降では最短、西日本でも50%で戦後最短になる見通しで、農作物被害が懸念されています。

 6年前の2003も記録破りの低温・長雨に見舞われ、エアコンの販売額は前年同月比44%減、プールは閑散と冷夏の影響が諸に出た年で、稲の生育状況も、冷害に苦しんだ1993年以来」の不作。

 その1993年は、梅雨明けの時期の特定もできない長雨、冷夏でコメ不足が深刻となってタイなどからの緊急輸入でしのぐ事態となりました。時の政局の混迷も根深く、今年と良く似ている点から何かと比較されることになりそうです。

 政局や社会情勢がらみの噺となると、1993年は江戸時代の「天明の大飢饉(1782-1788年)」に擬せられたものでした。

 天明3年、岩木山や浅間山の大噴火で各地に火山灰が降り、日射量も低下して深刻な冷害が全国、特に東北地方を襲って農作物に壊滅的な被害をもたらしまし。天明4年(1784年)には飢饉は更に深刻なって疫病も流行し、死者数は全国で50万人に上ったとも言われています。

 時の幕閣、田沼意次の失政によって米価の高騰に歯止めがかからず、飢饉は更に拡大、飢餓地獄の凄惨さは文字にするのもはばかるものです。

飢饉の深刻化は、政治の貧困ばかりではなく、コメなどの流通機構が整備されていなかったことや、投機に走る商人や藩が跋扈して囲い米が横行したこと等も事態をより悪化させたといわれています。

 気象と政局は直接関係のあるものではありませんが、こういう時だからこそ作文調のマニフェストではなく、実効性を伴った政権公約に期待したいものです。