この道はいつか来た道

女性手帳に賛否両論

                                                                   2013.6.18

厚生労働省が6月5日に発表した平成24年の合計特殊出生率は、16年ぶりに1.4台を回復して1.41となったものの、出生数は過去最低の1037千人 (対前年比 

1万3705人減) と過去最低を記録したのです。

この数字の分かりにくさに首をひねる方もおられるでしょうが、出生率の計算で分母には出産期の女性数をあてるために、出産期の女性数が減れば出生率は逆に上がる結果となるだけの話で、少子化に光明がさしたわけではなく人口減少はますます加速度がついています。

安倍首相は「女性の活躍」を成長戦略の中核とすると宣言し、その具体的対応のトップに「待機児童解消加速化プラン」を打ち出したのです。

また、妊娠や出産の知識を広めるために「女性手帳」を若い女性を中心に配布する構想も公表したのですが、「生むかどうかは個人の問題、国が介入すべき事柄ではない」とか、妊娠や高齢出産の危険性ならたいていの女性は知っているとの反発が強まった結果、方針転換を余儀なくされる事態になりました。

晩婚になればなるほど妊よう性(妊娠のしやすさ)が低くなるのは常識としても、高齢出産に伴う新生児のリスクが高まることまで十分に知られているとは言えず、先天異常児を出産した某女性政治家がそのようなことは教えられたこともないと発言して社会問題になったことを思えば、「女性手帳」がまんざら意味のないものとも思えません。

少子化対策は重要な政治課題であることに疑問の余地はなく、五体健全な赤ちゃんが数多く生まれることを願うばかりです。

平成2年に1.57ショックが持ち上がった時にも、生むか生まぬかは家庭の問題であって、国家が関与すべきことではないという意見が強く、少子化対策に大きな制約がかかりました。

その結末は現在の合計特殊出生率に表れている思いがします。確かに出産は夫婦2人だけの問題というのは正論ですが、それはいかなる結果を招いても国民全体が了解するという前提での論理であって、少子高齢化・人口減少の果てに年金破綻や国家財政の更なる窮乏が来ようとも納得するという度量が備わっていることが求められるのではないでしょうか。