東日本大震災から丸7年

のど元過ぎれば

2018.3.13

 

  死者と行方不明者合わせて1万8,434人の被害者を出した東日本大震災から7年が経ち、各地で追悼行事が行われ鎮魂の祈りが犠牲者にささげられました。

 

津波被害の爪痕は消すべくもなく、津波で破壊された市街地の空洞化、福島第一原発の近隣では大半の地域が未だ帰還困難区域に指定され、県内外避難を余儀なくされている住民が約7万3千人に上るという現実が横たわっています。

 避難指示が解除された自治体でも、子育て世帯の帰還が思うようには進んでいない点もあって、福島県内の小学校に今春入学を予定している新1年生の数は東日本大震災前の平成22年度に比べ25%減少する見込みであることも判明。少子化が進んでいるとはいっても、減少幅は東北の他県よりも大きく、震災の影響が際立っていることが分かっています。

 

 阪神大震災を経験した者としては遅々として進まない復興状況が気がかりですが、いずれの大震災でも初動対応が不十分であったという印象は否めません。

 7年もたつと震災や津波に対する警戒心が薄らぎ初め、原発事故の恐ろしさや環境に対する影響を身に染みて感じているはずなのに、世界の趨勢に逆らって、原発再稼働や維持の方向に舵を切ろうとしているのはどうしてでしょう。

 このまま過ぎゆくと震災関連事象の風化は一段と進み、それとは逆に農作物や水産物への風評被害だけがいつまでも消えぬという現状だけが残りそうです。

 

 先日も東北地方で地震がありましたが、津波を恐れて避難した人はごくわずかで、先の大震災の体験が活かされることなく、ここにも風化が見られます。これくらいなら大丈夫と思っていた人が殆どだったからです。

首都直下型地震の発生確率が4年以内に70%との予測を知った人のうち「家具を固定する」などの実際の防災対策をとった人は1割程度にとどまったことも分かっています。 

「情報への信頼」は高いものの、それが実際の防災行動に結び付いていないことが示されており、インパクトのある数字を出すだけでは防災意識を高めることはできない現実が明らかになりました。

 1995年の阪神大震災で「予知幻想」もろくも崩れました。しかし、阪神大震災から20年がたった平成271月に兵庫県が行ったアンケート調査では、約2割は津波警報が発令されても「避難しない」と答え、津波への危機意識が低い実態が明らかにされています(平成28.1、産経夕刊)

 

被災後の最大の問題は生活再建ですが、世帯主の負傷や住宅の全半壊などの場合の支援、不幸にして生計維持者が亡くなった場合の生活困窮対策などきめ細かい支援体勢が求められることになります。

全半壊などに対しては「災害援助資金」として最大350万円、生計維持者死亡の場合は「災害弔慰金(最大500万円の給付)、重い障害を負った場合には「災害障害見舞金(生計維持者なら上限250万円)などの公的支援制度があるものの、申請が必要なので条件を知識として持っておくべきことと、公的支援には限界があるので「地震保険」などで備えることが大切ではないかと言われています。

 

政府が「科学的に地震予知は困難」と断念してから、南海トラフ沿いで想定される地震については、前兆の可能性がある現象を観察し大地震発生の確立が「普段より高い」と言う状況で「臨時情報」を出す仕組みを採りいれました。

これとて、臨時情報が「空振り」に終わる可能性は小さいものではありません。