「義務教育費」の国庫負担削減は学力低下を加速しないでしょうか?


 先日OECD(経済協力開発機構)の国際学習到達度調査の結果が発表されましたが、日本の子どもの学力低下が問題となっています。

世界41カ国と地域の15歳の生徒を対象に行われた03年学習到達度調査(PISA)によると、日本の子どもたちが文章を読み、論理的に考え、表現するといった能力が低下してきていることが明らかにされました。

読解力の成績が00年の前回調査の8位から14位に低下して国語力の衰えが証明されたわけですが、この背景には今の子どもたちが余り本を読まなくなったことがあるようです。

また別の調査IEA(国際教育到達度評価学会)でも、世界46カ国・地域の中学2年生と25カ国・地域の小学4年生を対象に行われた国際数学・理科教育調査においても、世界トップレベルとされてきた日本の小4理科と中2数学の平均点が前回(99年)よりも低下し、順位も小4理科は2位から3位に下がってしまったということです。

困ったことに、このような学力低下だけではなく、「勉強が楽しい」と答えた子どもの割合も最低レベルで、国際平均を大きく下回ったというのです。

 こうなった原因の多くは、「ゆとりの教育」による授業時間数の不足にあるのではないかと考えられています。

ゆとりが学習意欲の低下を招いているのではなんにもなりませんし、学習意欲を起こさせるような授業ができない先生の能力に疑問符がつくという意見も出されたりして、責任の押し付け合いでまさに泥仕合の感が強くなってきました。

 こういう中で政府は、三位一体の改革の一環として、小中学校の教員給与の半額を国が負担する義務教育費の国庫負担を削減し、地方に権限を与え、教育に対してどのように予算を使うかは地方の裁量にまかせようとしています。ちなみに、国が負担する補助金の総額は年間2兆7千億円に上るんだそうです。

 教育の分権化は大きな課題の一つであり、全国知事会などは削減分を地方に委譲するように求めていますが、国のお仕着せでない地方独自の多彩な教育に取り組めるという言い分です。また、改革によって、批判の対象となっている国による画一的教育、中央集権的教育行政の是正に役立つと評価する人もいるでしょう。

しかしこれに反対する人は、財政力の弱い県や自治体がこのお金を別な用途に使い教育費が減って教育格差を拡大しかねないことを危惧しており、予算による自治体支配を温存したいと考える文部科学省もこれに猛反対しています。

現代の日本社会においては、あらゆる分野で階層化が進んでいることが問題になっていますが、子どもの教育の世界でも、できる子と成績が思わしくない子の格差がどんどんと広がり、それも親の経済力や学歴、職業の影響をうけやすいことが指摘されています。

もし改革がこの格差を助長するような結果を生むようであれば、まさにアブ蜂取らずということになりかねません。

一方、三位一体改革で補助金廃止が先行しているのが保育所の運営費で、来年4月からは国の補助がなくなり、それを補う地方交付税などを元に市町村は自らの財源で運営することになります。

全国知事会など地方6団体は、公立保育所に続いて私立保育所の補助金も廃止して、使い道にしばられない一般財源化することを求めています。その結果、財政状態の良くない自治体は保育料の引き上げに走ることになり、厚生労働省によると、約1割の市町村が保育料の値上げを計画しているのだそうです。

この公立保育所運営費の一般財源化は厚労省が最後まで「隠し玉」として温存していたもので、厚労省は補助金をてこにした権限を手放したくないことや、幼稚園と保育所を一元化しようという動きをめぐって文部科学省との確執があることなどが取りざたされているようです。

幼稚園と保育所はどちらも幼児をケアする施設には違いはないのですが、幼稚園を管轄する文科省と保育所を管轄する厚労省の縄張り争いの対象となっており、これがネックとなって幼保一元化はなかなか進展しませんでした。11月には「総合施設(仮称)」の導入を視野に入れて検討会議が開かれ幼保一元化に向けて歩み始めたのですが、ここでもまた三位一体改革の影がちらついて先行きは不透明というのが現状なようです。

義務教育費の問題も、保育所の問題も、子どもにとってあるべき教育とは何か、保育はどうあるべきかという本質論から離れ、財源論に終始しているのは残念なことと言わねばなりません。


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