日本人は どこから?

 

われわれ日本人の祖先はどこからやってきて、いつごろから定住するようになったのか? これはヒトがいつごろ地球上に現れたのかと同じくらいロマンを掻き立てるテーマでもあります。

遺跡などから出土した人骨、動植物の化石や遺物をもとに、頭骨の大きさや形態、目の上の隆起の有無、顔の幅の計測データ、道具や文化といった多様な情報を手がかりに、進化の道筋や分岐、民族差などを割り出すというのは、従来から用いられてきた古典的な手法です。

発見されたヒトの化石の年代は、それが存在した地層などに含まれる放射性物質や、共に見つかった動物の化石の分析、石器などの考古学的証拠、地磁気の向きなどから科学的に決められます。

最近では、これらの標本などから得られる微量のDNA(デオキシリボ核酸)などの遺伝子情報を解析することによって、種の起源や進化を解明するDNA考古学」が有力な手段として多用され始めました。

更に信頼性はともかくとして、ヒトに感染を起こす細菌やウイルスなどの病原体について、民族や地域による保有状況の偏りや遺伝情報などを利用して、感染ルートや古代の人々の移動や拡散の様子を推定する学問も注目を浴びています。

その代表的なものが、「成人T細胞白血病(ATL)」ウイルス(HTLV-1)の保有者をコンピューター・シミュレーションの手法を用いて、先史時代からの人類移動の分析と解読を行うという研究で、1990年頃から盛んになりました。

HTLV-1の感染力は弱くて潜伏期間も数十年と長く、主に母乳を通じた母子感染で次世代に伝達されます。

このウイルスの広がりと人々の移動が密接に関連していることに着目し、遺伝子の違いを分析することによって検証しようというものです。

日本には、@カリブ海沿岸や南米にもある太平洋型、Aアジア型に二系統の存在が確認され、前者は約1万2千年前にアジア大陸と日本列島、北米大陸が地続きだった頃にモンゴル人の移動とともに拡散したもの、後者は北米大陸が離れた後で日本に渡来したものではないかと推論されており、この説に従えば縄文人は2度渡来したことになるそうです。

HTLV-1の世界的な分布を見ると、ヨーロッパ諸国や北米の白人にはほとんどなく、アジア人でも、韓国や中国などからはほとんど見つからないのに、日本には多く、中でも九州、四国など南日本出身者に多いという特徴が分かっています。

また、06年8月29日号「口移しはダメ」で紹介したピロリ菌についても、南米コロンビアの先住民やエスキモー人の胃のピロリ菌の遺伝子分析の結果から、1万2千年前頃にベーリング海からアメリカ大陸に渡った東アジア人が持ち込んだものではないかという推論が4年ほど前に出されています。

このように、人類が悩まされ続けてきた感染症の足跡から、先史時代の人々の移動の様が浮かんでくるというのは面白いとは思われませんか。

また、この10年くらいの間に、ヒトの起源に迫る化石の発見も相次いでいます。

猿人から原人、旧人、新人へ、そしてアフリカで生まれ、進化したホモ・サピエンスは、故郷を出て世界に広がっていき、現代人へとつながっていくことになるのでしょう。

ヒトと、チンパンジーの祖先の分岐は、およそ600700万年前とされています。

チンパンジーなどの大型類人猿とヒトの共通の祖先と見られる類人猿の化石が04年にスペイン・バルセロナで1,300万年前の地層から発見されており、ピエロラピテクス・カタロニクスと命名され、ヒトにつながる祖先として注目を浴びました。

従来、ヒトや類人猿の祖先(ホミノイド)が、アフリカなどに生息するサルの祖先から分かれたのは、今から2,3002,500万年前というのが定説となっていました。

しかし、04年にニューヨーク市立大などの研究チームが発表した見解では、分子進化学の手法に基づいてDNAの進化にかかる時間を計算し直した結果、分岐は2,920万年前、古ければ3,450万年前まで遡るではないかという見解が出されたのです。

この推論が正しければ、類人猿の進化史の大幅な見直しにつながりかねません。

発掘された化石のゲノム(全遺伝情報)の解読から、同じ遺伝子のDNA塩基配列などを比較することによって、進化の系統や時期を推定する「分子進化学」DNA考古学の発達がこのような成果をもたらしたともいえます。


戻る