最悪のシナリオ ? (1)

現在のトリ型インフルエンザH5N1の致死率は63%と高率ですが、トリからヒトに感染を起こすようになって「新型インフルエンザ」に発展した場合でも致死率は2%くらいに収まるのではないかと推計されています。致死率が極端に低下する理由等については、説得性ある確たる根拠が示されているわけでもありません。

過剰な不安をあおることを慎まなければならないのは当然ですが、現在の予測が外れた場合はどうなるのかを考えておくことも必要なことではないでしょうか。

予想可能な事態や疑問について整理してみたいと思います。

(1)   インフルエンザワクチンは本当に有効か?

  新型インフルエンザに対して、毎年流行するインフルエンザを「季節性」インフルエンザと呼んでいます。この季節性インフルエンザに対するワクチンの効果は限定的なもので、接種したからといって発病を完全に予防することや、流行規模を抑えることは難しいと考えられています。ワクチンを受けた人の7割は重症化が避けられるとされるので、接種が推奨されているという理解が必要でしょう。

(2)   「プレパンデミック・ワクチン」は果たして有効か? 副作用は?

  プレパンデミック・ワクチンの使用については賛否の議論が分かれています。

反対理由としては、@現在はまだフェーズ3であり、世界の趨勢としてフェーズ4で接種を開始するのが大勢、A1976年の米国豚インフルエンザ流行時のプレパンデミックワクチンでは、ギラン・バレーという神経障害などの副作用500人以上(/4000万人接種)発生。季節性インフルエンザ・ワクチンと製造法も異なり、何が起こるかわからない、B小児では発熱の可能性が高く、効果を高めるために添加されている免疫増強剤の影響などで接種局所の疼痛・腫脹(約半数)も強い、C英国製のプレパンデミック・ワクチンに対してわが国のワクチンは効果が低い(約1/4 ?)などが挙げられています。

政府はプレパンデミック・ワクチン3000万人分の備蓄を決め、08年8月には、世界で初めて接種治験を開始。医師や検疫関係者6400人に接種し、抗体価上昇などの効果や副作用をチェックした上で、結果が良好なら、来年度にも医療従事者や社会機能維持者などの計約1000万人に広げる検討を始めています。

新型インフルエンザに対するワクチンは未だなく、現在備蓄されているプレパンデミックワクチンでさえ、効果があるかないは大流行に際して使用してからでなければ分からないという未知の部分が残るのは仕方がないでしょう。

 効果の高い新型インフルエンザワクチンを迅速に作る技術も、欧米に比して5年は遅れているといわれています。

(3)   新型インフルエンザは、現在流行しているトリh5N1型が変異したものになるのかどうか?

   新型インフルエンザの最短距離にあるのはH5N1型であることは間違いなく、対策もそうした予想に沿って立てられています。しかし、もしH7型やH9型、あるいはそれ以外のタイプが登場しパンデミックを起こすようなことにでもなれば、被害はH5N1型ほど激しいものでなくても大混乱になるのは必定でしょう。特に大流行に備えて準備されている「プレパンデミック・ワクチン」は全く効果がないことになります。

(4)   感染者数の予測値(約25%?)は正確か?

現在示されている数字は楽観的すぎるという意見もみられ、パンデミックになった時の状況についても、やや希望的観測が少なくないように思われます。中には4050%の人がかかると予測する見方もありますが、予測を立てるなら最悪のケースを想定しておくことが必要かも知れません。

米国では30%の罹患率と予測されていますが、あくまで推定の域を出ません。

これらの数字の根拠は、1918年にパンデミックを起こした「スペインかぜ」のデータを中心にした推計です。当時はちょうど第一次世界大戦の混乱期に当たり、どの国も患者数や死者数を正しく公表していない可能性も指摘されており、疫学の正確さについても信頼性に疑問符が付くことも考慮しておかなければならないでしょう。

(5)   生死を分けるのは?

  致死率の余りの高さから、H5N1型の感染者 にはもっと軽症の人が大勢いるのに見逃されているのではないかという見方もあるようですが、現在は否定的です。インドネシアの例を見ても血のつながりがあるかないかで重症度に差が出ることが報告されていますが、その原因についても定かではありません。

若くて強健な人ほど致死率が高くなる傾向についても十分な検証がなされてはいません。若い世代では7割を超える致死率と高くなりますが、鶏の世話をするのは専ら若い世代であり鶏との接触機会の差ではないかという意見も見られます。

また別の見方としては、H5N1型感染に際して起こる「サイトカイン」という免疫活性物質が大量に産生される「サイトカイン・ストーム」と呼ばれる過剰反応のため、多臓器不全などが引き起こされて致命的になるのではないかという意見も見られます。サイトカインは若くて元気な人ほど反応が強く出るからです。

同様の現象はスペインかぜの第2波流行のときにも観察されていますが、何故3040歳代の致死率が高かったのかは未だ謎のままです。

本来インフルエンザは呼吸器の局所感染症と考えられていますが、H5N1型の致死的なケースでは、肺の深部や腸管での感染、全身へのウイルス撒布、多臓器不全などが報告されています。中には稀に、本来は存在する筈のないトリ型ウイルスに対するリセプター(受容器)を生来性に持っている人があり、生物種の壁を越えてトリ型ウイルスに感染し重症化するのではないかという見解もあるようです。(以下次号)