謎の多い「新型インフルエンザ」 @

                                              2009..12

 

 メキシコ発のインフルエンザはその後全世界に拡大し、当初「豚インフルエンザ Swine Fluと呼ばれた感染症は、H1N1型インフルエンザ」と呼び代えられるようになりました(4月30日、WHO)。

 

 9日には、カナダ帰りの大阪の3人で国内初の感染が確認され、12日現在の世界の感染者数は、31カ国・地域で5236人、死者は61に達しています。

実際の感染者数は、この数倍以上はあるのではないかという見方もあるようです。

警戒レベルも「フェーズ5」(パンデミック:世界的大流行 の直前の兆候)に格上げされ、「米大陸以外でヒトからヒトへの感染が広く見られる」状況である「フェーズ6」の宣言を、WHOがいつ出してもおかしくない状態になりつつあります。

しかし、WHOの警戒水準は強毒型のH5N1型を想定して分類されているため、今回のような弱毒型にそのまま当てはめると厳格すぎて矛盾や摩擦も広がっているようです。パニックをあおるような対応だけは避けなければならないでしょう。

そのためWHOでは、警戒水準のレベルに「感染の広がり」とともに、「毒性の強弱」の判断を加える方向での検討が始められたということです。

河村健夫官房長官も、5月11日の衆院予算委員会で、「国家の危機管理上の重要課題ととらえて」取り組んでおり、「秋以降の第2波に備えて今から対策を考えておくことが大事」と強調、「新ワクチンの製造を急ぐ」考えを示しています。

 

新聞やテレビはこの話題で持ちきり、にわかインフルエンザ通が続出していますが、政局異変でやや影が薄くなってしまいました。

幸いにしてウイルスの毒性が弱いために、猛烈なパンデミックには至らないという見通しですが、これから冬に向かう南半球での今後の動向や、北半球でも、勢力が一旦弱まっても寒くなってから強毒化して再燃し、第2波の大流行につながる危険性については、誰にも予測できないだけに極めて不気味なことです。

こうした懸念はともかくとして、専門家の意見は「スペインかぜウイルスのような強い毒性につながる遺伝子的特性を欠いており」、強毒性を示唆するような遺伝子変化も見られないというのが一般的です。

 

新型インフルエンザの感染率、致死率や、第2波での強毒化の予想などは、スペイン風邪の教訓から導かれています。

スペインかぜやアジアかぜなどのパンデミックでは、春や秋から流行に火がついたケースも少なくなく、インフルエンザは冬の病気という先入観は捨てるべきでしょう。

このまま大流行に至らず終息するにしても、今回経験した検疫や水際対策、情報管理などの課題は、いずれやって来る本格的なパンデミックの対策に活かされる筈で、いい予行演習になったと言えるのではないでしょうか。

 

 報道された情報の中でも、疑問や議論の対象になっている問題点が数多くみられますので、ここに整理してみたいと思います。

 

Q.1 メキシコから全世界に広がったということですが、感染の発端はどこから、そしてどのように拡がったのか、また、死者がメキシコに偏っているのはどうしてか?

   A.メキシコでの流行は3月くらいから始まっていたと考えられており、政府の対応の悪さと、WHOの初動の遅れ(対策本部の立ち上げは4月25日)のために流行が拡大したのではないかという見方が少なくありません。

ユーラシアからメキシコに輸入されたブタが保有していたインフルエンザウイルスが、メキシコブタに感染を起こし、4種の異なったウイルス遺伝子が交雑して新型ができたものと推察されています。

死者がメキシコ人に偏っている理由は未だナゾのままです。被害が貧困層に集中している点などから、衛生状態の悪さや医療から隔絶されている現状が要因となっているのではないかと考えられていますが、それだけでは説明できない問題も残されています。死者は本当にインフルエンザによるものだけかどうか、さらには、見逃し例が多く総患者数が低くカウントされすぎているのではないかなどの疑問を捨て切れません。

CDC(米疾病対策センター)は5月10日、米国での感染者数が2532人、死者は3人に達し、流行はほぼ全米に広がって全50州のうち43州で患者が認められ、発端国メキシコの1626人を追い越したと発表しました。

 

Q.2 亡くなったのは2050歳代の比較的強健な成年層に多い理由はどうしてか

A.スペインかぜの流行時も、同様の傾向が認められており、特に1918年の第2波流行時は30歳代の男性に死者が目立ったといわれていますが、詳しい理由は不明のままです。

最近のH5N1の流行でも、インドネシアでは青年層や子どもの致命率が高い傾向にあります。ニワトリの世話をするのは専ら子どもや若年者で、感染率・致死率の差はニワトリとの接触機会の違いによるものではないかという意見もありますが、結論は出ておらず、疑問です。

  一方、サイトカインなどの過剰な免疫反応が暴走し、呼吸器以外の全身感染を併発しているという意見も見られますが、結論は出ていません。最近の研究では、スペインかぜの時も、肺炎球菌やインフルエンザ菌、ブドウ球菌などの2次感染による出血性の重症肺炎が死因の主役ではないかという意見が有力視されています。

 

Q.3 今回の新型インフルエンザは「弱毒型」だそうですが

  A. ウイルスの増殖が肺や気管支など呼吸器に限られ、推定致死率も0.1%くらいで季節性のインフルエンザと大差ないレベルと考えられています(12日現在、患者5236人中で死者61人、致死率1.2% 。総患者数の把握に難点があり、致死率はこれよりはるかに低いものと推測されます)。

スペインかせ゜の致死率は2〜3%と推定されていますが、第一次世界大戦中で各国とも正直な死者数を公表しなかった可能性があり、情報処理や疫学のレベルが低かった当時のことですから、正確な数字と考えないほうがいいでしょう。ちなみに、20世紀に起こったパンデミックのアジアかぜは0.5%、香港かぜは0.5%の致死率となっています。

     現在も東南アジアで流行しているH5N1が、ヒト→ヒト感染を起こすようになった場合(フェーズ4)の致死率も、スペインかぜを参考に割り出されており、2〜3%の予測です。現実のトリ→ヒト感染はというと、感染者423人のうち死者は258人で致死率61ということです(09年5月現在)。致死率が50%を超えたままヒトに感染を起こすようになったらそれこそ大パニックでしょうが、そうはならないというのが専門家の楽観的な意見です。

     スペインかぜの教訓にならって第2波の強毒化を危惧する意見も目立ちますが、流行中のH1N1は「典型的な弱毒ウイルスで、強毒性に変わる可能性はない」という見方(田代眞人・国立感染症研究所・インフルエンザウイルス研究センター長)通りになれば幸運なのですが。

 

Q.4 「濃厚接触者」が10日間も「停留措置」を強制される理由は?

  A. 検疫法では、渡航者が新型インフルエンザなどの特定の感染症に罹患している場合、患者を指定医療機関などに「隔離入院」させ、感染の恐れがある場合は、宿泊施設などに「留め置き」、外出を禁じる「停留措置」を命じることができると規定されています。

     国内で2次感染ではない複数症例の発生を見た場合、「国内蔓延」国として 現在のような空港や港での厳しい「検疫」は緩められることになると思われますが、代わって、入国手続き後の渡航者や国内住民の感染者に対しては、「感染症法」に基づき「入院措置」が採られることになります。

     今回のウイルスの毒性を考えれば、10日間の留め置きはいかにも厳格すぎるようにも思われますが、H5N1新型インフルエンザを想定して本年2月に改定された国の「新型インフルエンザ対策行動計画」に則って処理されていることや、今回のH1N1型インフルエンザは通常の季節性インフルエンザよりも潜伏期がやや長く、最長10日まで及ぶことがある点がその根拠となっています。

     H5N1型の全貌が未だ把握できず、また「水際対策」には限界があるとはいえ、行動計画でいう「海外発生期」(第1段階)から、日本で感染者が発生した「国内発生早期」(第2段階)への移行期においては、やむを得ない措置とも言えましょう。

検疫 Quarantineとは、特定の空港や港などにおいて、一定の期間隔離状態に置いて、感染症などの蔓延の危険性がないかどうかを確認する手段。

英語のquarantine は、イタリア語のquauanti giorni40日間の意味)を語源としており、1347年の黒死病(ペスト)大流行の際、感染者がいないかどうかを選別する目的で、ペストの潜伏期と思われていた40日の間、疑わしい船をヴェネツィア港外に停泊させ、疑いが晴れた段階で上陸を許可するという法律の故事に基づいている。