東日本大震災/原発事故の爪あと

                                                                           2011..12

東日本大震災の発生から早や1カ月が経ちました。

徐々に復興に向かっているとはいえ、現地の悲惨な情況はまるで凍りついたかのように動いてはいません。

阪神淡路大震災後の風景も痛ましいものでしたが、全戸が余すことなく破壊され、がれきの山と化した東北の惨状に比べればまだまだ穏やかなものでした。神戸や西宮でも、原形を留めることなく見渡す限り破戒し尽くされたのは長田など一部の地域でしかなかったからです。水没したまま1カ月を過ごした地域もありませんでしたし、何よりも、原発事故による放射能汚染に見舞われるという二重の危険にさらされることも経験せずにすみました。

両者に共通しているのは、時の政府の対応のまずさです。

今回の大震災でも、阪神淡路大震災の教訓が必ずしも活かされているとはいえないところが随所に見られもします。

福島第一原発の複合事故に対する初動対応の遅れは致命的なものとなり、それを政府と東京電力の間の不協和音が加速させていることは確かでしょう。政府や各省庁間の情報の共有化の遅れや指揮系統の不明確さが問題の解決を遅らせていることも巷間伝えられている通りではないかと思われます。

福島第一原子力発電所の事故による避難指示も次第に拡大の様相を帯び、当初の半径3q圏内から10km、さらには20km圏内へと拡大し、屋内退避指示の対象者も約5万9千人に達して原発の安全神話は脆くも崩れることになりました。

地球温暖化対策として重要性が高まってきた原発ですが、原発の稼働率を落としている原因が事故よりも耐震問題が主因となっていることは周知の事実であり、今回の事故がそれを証明する皮肉な結果となったようです。

07年の新潟県中越沖地震で原子力発電所の耐震性が問題になり、「断層モデルによる評価」を取り入れた日本の新耐震指針に基づく原発の安全性再評価が進められてきましたが、IAEA(国際原子力機関)もこのわが国の新指針を参考にした新たな耐震基準を2010年に改定する程に日本の指針の評価は高かったのです。

しかしながら、原発や核燃料サイクル施設の周辺での活断層の存在を示す調査結果を指摘した専門家が少なからず存在するにもかかわらず、経済産業省の審議会や内閣府の安全委員会、原燃などはそうした意見には耳を貸そうとはせず、安全性を追求する姿勢を欠いてきたことは紛れもない事実ではないかと考えられます。