口移しはダメ


お母さんが口の中で噛んで軟らかくした食べ物を赤ちゃんに与えたり、口移しで赤ちゃんに食べさせたりすることは、わが国の食文化として昔から広く行われてきたことでした。

 お母さんの愛情が感じられて、ほほえましい光景には違いないのですが、これが思わぬハプニングを引き起こすことが最近になって分かってきたのです。

 ピロリ菌という細菌については、新聞などにもよく登場するのでご存知の方も多いと思います。

 ピロリ菌は数本のシッポをもっており、移動するときにはこれをヘリコプターのように回転させるのでHelicobacter pylori :ヘリコバクター・ピロリ (=「胃の出口付近にいるラセン形の細菌」)という名前がつけられたのだそうです。

 このピロリ菌は、慢性萎縮性胃炎胃潰瘍、さらには胃がんなどの原因として注目されている細菌で、ピロリ菌の感染から胃がんになる確率は年間0.5とする統計予測もあります。

ピロリ菌はお母さんやお父さんの唾液の中にも存在しているために、口移しで食べさせたり、子どもとキスをした時などに感染させてしまうようです。

 ですから感染のほとんどは、胃の抵抗力の弱い乳幼児期に起こるものと考えられています。反対に、子どもの時に感染しなければ、大きくなってから感染することは殆どないそうです。

 そういった見方から、胃がんの一部は家族内感染が原因で起こる「感染症」とも言えるのです(胃がんの患者さんでピロリ菌陰性者は約1%)。

 ピロリ菌の感染様式は、その国、その国によって微妙に異なり、衛生状態にも左右されるという特徴がみられます。

 衛生環境の余り良くない開発途上国では、ピロリ菌をもっている人の便からの感染が主になります。

これを「糞口感染」と呼んでいますが、便と直接の接触がなくても、汚染された井戸水、ゴキブリやハエが媒介するケースも少なくないようです。

このような可能性からも、ゴキブリの駆除は大切なことなのです。

 そのほかには、保育所や幼稚園などでの集団生活とか、歯科での治療や胃カメラなどの検査を通じて感染する場合もあるのではないかと推測されています。

 わが国での感染状況をみると、衛生状態があまり良くなかった頃に子ども時代を送った世代やお年寄りでは感染率が高く(7〜8割)、若い世代は低く、20歳以下では20%を下回っていることが分かっています。

 胃には胃酸がありpH1〜2と強い酸性になっているため、殆どの細菌は生き続けられる環境ではないのですが、ピロリ菌はウレアーゼという酵素を使って胃の中の尿素をアンモニアに変え、これで胃酸を中和することによって生存を可能にしているのです。

 胃がんの大部分は「慢性胃炎」から発展すると考えられていますから、慢性胃炎を治療すること、即ち、ピロリ菌の除菌で胃ガンも予防できるという理屈になります。

 胃炎も早期のほうが予防効果も高いので、早く見つけて早く治療することが胃ガンの予防には欠かせないということがお解かりでしょう。

ですから、家族や同居者に慢性胃炎や胃潰瘍、胃ガンの人がいる家庭では、ピロリ菌の検査を受けることによって、子どもや孫にピロリ菌が感染しないようにすることが可能となり、世代間伝達を食い止める手立てとなるでしょう。


<ピロリ菌> 感染で胃がんのリスク 5〜10倍に (9月4日、新聞各紙) 2006.9.5追記

  厚労省研究班の大規模追跡調査によると、ピロリ菌に感染すると、胃がんになる率が5〜10倍高まることが判明したそうです。

しかも、従来から推奨されていたピロリ菌「除菌」をしても、胃がんが防げるかどうかは不明で、海外の研究では、除菌しても胃がんにかかる率を減らせなかったという結果があることも紹介されています。

 研究班では、1990年と1993年に、全国の男女約3万人を対象に、ピロリ菌感染の有無や、体内のピロリ菌毒素の有無を調べ、04年までに512人が胃がんになったというものです。

採血時にピロリ菌感染が確認された人は、確認されなかった人に比べ、5.1倍の率で胃がんになったと報告されています。 

胃がんの「予防」には、「禁煙や食事の減塩、胃がん検診の受診を進める」というのが、この研究班の見解だそうです。


「突発性発疹」は?

突発性発疹は、生後4、5ヶ月から1歳すぎにかかる代表的な赤ちゃんの病気で、HHV6(ヒトメヘルペスウイルス6)の感染で起こることが分かっています。

同じヘルペスウイルスの仲間のHHVも突発性発疹の原因になりますが、いずれも、その感染様式については十分には解明されていません。

ただこのウイルスは、病気が治った後もそのまま体の中に留まり、唾液の中に存在することや、免疫の状態の変化などに応じて再活性化されて活動し始めることも分かっています。

お母さんからもらったHHV6に対する抗体が残っているうちは発病しないのですが、口移しで赤ちゃんに離乳食を与えたりすると、唾液を通じて感染が起こりやすく、発病につながることも予想されます。

感染したからといって、先のピロリ菌のようにガンの問題は起こらないのですが、口の中でかんだ物を与えたり、同じ箸やお皿を使用することはお母さんやお父さんの口のなかにいる病原体をこどもにうつしてしまう危険性をはらんでいることになります。

唾液を通じてうつる例として、以上の二つの病原体を挙げましたが、そのほかにもまだ解明されていない感染症や感染様式があるかも知れませんから、口移しで物を与えるのは避けたほうが賢明といえるでしょう。


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